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イニシャルHの研究

ロスリングら『ファクトフルネス』: 冷静なデータ分析は熱い情熱から生まれる

前書き

最近、ハンス・ロスリングらによる『FACTFULNESS』と、彼の伝記である『私はこうして世界を理解できるようになった』を読みました。この2冊の内容紹介をしながら、多少感想を書きました。

分量の都合で、3つの記事に分けて、公開します。今回はファクトフルネスの簡潔な書評です。

 

www.nikkeibp.co.jp


FACTFULNESS(ハンス・ロスリング,オーラ・ロスリング,アンナ・ロスリング・ロンランド著.上杉 周作 ,関 美和 訳.2019.日経BP.400p.)

 

感想

この本を紹介するうえで欠かせない魅力としては、2点あると思う[1]

1点目とは、「私たちが抱く「グローバルな世界」に関する常識というものは、現在の世界の実態とはかけ離れている」という驚きを提示したことにある。著者らはチンパンジーテストと呼ばれる単純な3択クイズを用いて、世界の社会・経済的な状況を測定するための重要なトピックに関する知識を測った。私が日本語版のサイトで受験したときは、6~7問ほどしか正解しなかったと思う。そして、読者に限らず、世界の名だたる知識人や実務家、優秀な学生たちを対象としても、その正答率はかなり低い。自身の不正解の数にまず驚き、さらにその状況は広範に認められるという事実にも、改めて驚かされた読者が多いのではないだろうか。著者らはGapminderという財団(とそのウェブサイト)を運営しており、その目的は「グローバル世界の発展に対する誤った認識を、データを用いて正していくこと」だとしている[2]。書籍の中で提示されるグラフの多くも、このサイトをソースとしており、当然ながら、この書籍も同じ目的を有して記されたものだ。

2点目は、その事実と認識の乖離というものが、「全体で見れば、世界は確実に良くなってきた」せいで生まれたものだということを、長い時間軸と幅広さを持つデータを利用して主張したところにあるだろう。たしかに、世界に課題を抱えた場所は未だ多くあるし、今、この瞬間にも支援を必要としている地域はいたるところにあるのだろう。しかし、予防接種によって天然痘は根絶されたし、いくばくかの電気が使える地域は世界の8割にも達する。世界は課題含みではあるものの、少しずつよくなってきている、というところだろうか。バラク・オバマはこの本を評してhopefulと書いた。この手の計量的な分析を用いて「世界は確実に善くなってきている」と主張する学者は、北欧から輩出されることが多いらしい[3]。一方で、ウォール街占拠運動のシンボルとなり、日本でも話題を集めたトマ・ピケティの『21世紀の資本』もまた、幅広い時間軸の経済データを分析していたが、こちらはもっと悲観的なトーンの現実認識に寄り添ったものだった[4]

 

以上の二点は「読前に」私自身がこの本に関心を抱いた理由でもあるが、実のところ、読み進めていくなかで、こうした要素はあまり重要ではないことに気づかされた。この本の魅力というのは、データに対するバイアス等の具体的な事例として語られる、ハンス・ロスリング自身の過去の記憶と経験にあると感じた。すなわち、彼が教壇で、アフリカの大地の上で、スウェーデンの病院で過ごした瞬間についての描写が、この本において最も読み応えのある部分だった。そして、そうした記述に割かれたページは、決して少なくない。アフリカ連合のズマ委員長、名もなきイランの女学生、ザイールで演説をぶった女性。ハンスの人生の目の前に一瞬間現れた、彼女たちはみな生き生きと描かれている。

自身の経験から、事実を伝えるために命を燃やして筆を振るった彼の思いを感じ取ると、彼が人生を賭して挑んだ常識のアップデートという営みが、どれほど彼にうってつけの仕事だったのかが理解できてくる。広範なデータの提示だけでは決して多くの人々には伝えられない。だかといって人の心をつかむ魅力をどれほど備えていても、地道なデータと向き合い、分析するという仕事に耐えられなければ、やはり世界をデータで理解することも叶わなかったはずだ。データが情熱と才能に見出された好例だったといえるだろう。

 

彼の情熱と才能は、いかにしてこの天職に導かれたのだろうか。すなわち、ハンス・ロスリングはどのようにして、アフリカの医者から、ギャップマインダー財団の代表として、世界中を駆け巡るプレンゼンテーターへと変貌を遂げたのだろうか。

 この疑問に答えてくれる本こそ、『私はこうして世界を理解できるようになった』だった。

次回はこの本の内容を要約したものを中心に、少しだけ所感を述べる。

 

[1] この書評を書く前に、以下のサイトに掲載されている書評には一通り目を通した。その結果、私が提示したこの2点については、ほとんど全ての書評で言及されていたので、的外れな指摘ではないと思う。

[2] https://www.gapminder.org/about-gapminder/ (Accessed: 2020/02/07)

[3] Hiroo Yamagata(@hiyori13, 2018/12/7)"「ファクトフルネス」ロスリング、「進歩」のノルベリ、「環境危機をあおってはいけない」ロンボルグと、北欧系は世界の改善実証論者を大量に排出する背景でもあるんだろうか。どれもよい本です。" (Accessed, 2020/02/12. https://twitter.com/hiyori13/status/1071039836016926721?s=20) 

[4] 講演のレジュメこの記事を読んだくらいで、実はまだこの本自体には手を付けていない。そろそろ読まないと……。