Like a notebook

イニシャルHの研究

2021年1月に読んだ本(ブラックストーン、嘘の世界史、動物の物語など)

 論文が片付いたタイミングで読書を再開した。感想をためても書けないので随時書き出すのがいいと気づいたので、試験的にTwitterであれこれメモを残すようにした。

 

1.『内なる町から来た話』

(ショーン・タン 著, 岸本佐知子 訳, 224ページ ISBN:978-4-309-20803-9 発売日:2020.08.27)

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タイトルと装丁で名作を感じさせたので手に取りました。これは大当たり。

ワニが八十七階に住んでいる。しかも、すこぶる快適に。

こんな書き出しで始まるんですよ。もうページを繰ることが嬉しくて嬉しくて仕方ないです。いろんな動物を主役に据えた物語が、時には数行、時には十数ページの紙幅で紡がれていく。風刺もあるし、ファンタジーも、SFもある。

クマが弁護士をつけた。じつにシンプル、かつ恐ろしい。

これなんかもいい。イラストもいい。訳者の岸本さんがマジですごい。

物語には常に余白がある。イラストは余白を埋めてくれることもあるし、物語の一瞬を写真のように切り取るだけのこともある。どのページもすごく良かったけど、犬、猫、狐、夫妻の桜のやつが好きかな。馬もいい。なめくじの一行目もすごくいい。シャチの絵もいい。すごくおすすめの一冊。

 

2.『ブラックストーン』

(デビッド・キャリー, ジョン・E・モリス著, 土方奈美訳,  2011年12月9日, 512p, 9784492711811)

str.toyokeizai.net

ツイートでグダグダ感想書いた

 不動産界隈を眺めていると、大型の買収案件とかでしばしばみられる企業名の一つにブラックストーンがある。でも、少なくとも日本では人口に膾炙している企業でもないわけで、どういう存在なのかはよくわからない。そういうわけで手に取った一冊。東洋経済に書評あった。リーマンのM&A部門のホープであるシュワルツマンとリーマン元会長のピーターソンが設立したブラックストーンが、どんな投資を成功させて成長してきて、どんなスタープレーヤーによってその案件は生まれたのか、みたいなことが(概ね時系列順で)記される。最初はKKRすげーでけー、ナビスコの案件すげー。それに比べてブラックストーンは才能あるけど毎回綱渡りだし規模小さいな、みたいな感じ。それがぐんぐん成長していって、やがてトップクラスになっていく。シュワルツマンがリスク嫌いだからとか運が良かったとか、色々あるけど幾度もの危機を乗り越えて踏みとどまって、景気の波に乗っかるたびにすごい勢いで成長していく。最終的には何億ドルが吹っ飛んでもシュワルツマンがキレて社員が飛んでいくぐらいで済むようになるからすごい。金融立志伝。先の書評でも言及されている、サム・ゼルのEOPをめぐったボルネードとブラックストーンの買収の駆け引きが描かれた21章はこの本でも最高に熱いパート。

 個人的には、政府の役職に就く人が多いのは印象的。初期はピーターソンの政治にかかわっていた人脈がすごく活かされていた感じ。日本とのコネクションでソニーの案件やったりしてたな。それ以外では人事の面でも案件の面でも、人的ネットワークの中での評判とか信頼の担保とかが結構きっかけになるんだなという印象。思ったよりウェットなところで色々進むんだなと。まぁどこの国のどんな仕事でもそうなんでしょうね。実際には。

 で、この叙述の中に織り込まれる著者たちの主張というのは、「ハゲタカファンドとPEは(というかブラックストーンは)違う。買収先のホワイトナイトになり得るし、現行の経営者をいつも切り捨てるわけでもない。人員整理も業務の効率化もやるけど、それは必要なことだし、なんならトータルで見れば雇用が増加していることもあるんだ」みたいな感じ。基本的にはLBO素晴らしいっていうポジションなんだけど、これはどうなんですかね。ブラックストーンも確かに、創業時には先行他社との差異化のために「ミルケンのジャンク債を使う乗っ取り屋と俺たちは違う」みたいな紳士なやり取りしてたかもしれない。でも、結局00年代だかにハゲタカ部門作って稼いだし。ほかには、LBOは思い切った取り組みができるけど、それは株式公開しているとできないと思う、みたいなのが言われている。それも一理あるとは思うけど、年でならしたときの稼ぎの指標が悪くなるとかのせいで、あんまり非公開化した企業(の株式)を長期的な視点で保有することはできないっぽいんだよね。出資元の公的年金とかの機関投資家とかの突き上げが酷いせいで。そう思うとここの視点は微妙かなと。ブラックストーンも株式公開したからには、そこのルールにのっとってやらなきゃいけないことになるんだろうし、このあたりは割り引いちゃった。2008年の不況の後の債務の債務再編とかのごたごたの記述がラストの方に来て、ちょっと後味悪かったのも影響したかもだけど。

 とはいえ別にブラックストーンよいしょ一辺倒でもないし、ド素人でも大まかな流れくらいは分かるレベルで書かれているし、この界隈に興味ある人なら深く楽しめると思った。金惺潤氏の『不動産投資市場の研究』と併せて読むともっと楽しめそう。

 

3.『とてつもない嘘の世界史』

(トム・フィリップス著, 禰冝田亜希訳, 288p, ISBN:978-4-309-22806-8 ,  発売日:2020.06.27)

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 全国学図書館協議会選定図書らしい。フェイクニュースがどうとかで最近みんなこの話するけど、メディアリテラシーとかの言葉は俺が中学生のころから口うるさく言われていたように、主流メディアの姿かたちが多少変わっても、こういうデマとかウソは昔からつきものだったんですよね。そういう事例をあれこれ紹介してくれる本。1734年には既に報道機関が相互参照してる構造から、一度デマが報道されると事情通が出てきて否定しないとデマが延々と再生産される、とか言われてるわけで。300年弱の私たちの文明の進歩とは何だったのだろうか。とはいえ、現代のインターネットには大量のログが残されていて、例えばWikipediaであれば、「いつデマが書き込まれたのか」の特定が可能だったりもする。こういうことは、少し前の世界ではかなり調べることが難しかった。インターネットの台頭は新聞のビジネスモデルへの転換を迫っており、サン紙が登場する以前の、購読予約制に回帰しつつあるというのは興味深い指摘。

 テーマはキャッチ―だし書きぶりも気楽なんだけど、その割には分厚いし結構読むのがしんどかった。面白いエピソードとか小ネタとかは楽しいし豊富なんだけど、どうしても散漫で読後感の印象は少し薄かった印象。印象に残ったエピソードとしては、ベンジャミン・フランクリンのほら吹きぶりと、「新大陸は豊かな土地で入植者の都市がとても発展してるんだ!」って誇大広告(というかウソ)につられて不毛の地に送り飛ばされた人たちがめちゃ可哀相なやつがある。宅建業法大事。

 

4.その他いろいろ

会計の世界史イタリア、イギリス、アメリカ――500年の物語』(田中靖浩, 2018, 424p, 日本経済新聞出版)

 ベストセラー本をいまさらながらに。400p以上あるから見た目は分厚いけど、結構サクサク読める。学部のころに教養の授業でこのへんのことを聞いたけど、ここまで深くもわかりやすくもなかった。著者が文化史にやたら強いのか芸術に関する感性が鋭いのかで、導入で音楽や絵画、文学などの文化史を解説するのに、最後には必ず会計の話に戻ってくる構成になっている。写真が生まれたからこそ、(ターナーは)絵画にしかできないことを模索して心象風景を描くようになった、っていう指摘は興味深かった。今は写真家がそういう意識もってやってるんじゃないか、という気がするので。

 

『ナチス 破壊の経済 上 1923-1945 THE WAGES OF DESTRUCTION』(アダム・トゥーズ著, 山形浩生・森本正史訳, みすず書房, 2019)

上巻は読み終わったけど、まだ下巻を読めていない。岩波の独ソ戦よりこっちの方が入ってくるので俺の好みにはこっちだったということだと思う。

 

『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』(ナタリア・ホルト 著
秋山文野 訳, ISBN 978-4-8052-0923-3, 456p, 2018)

『兵士を救え! マル珍軍事研究』(メアリー・ローチ 著, 村井 理子 訳, 360p, 2017)

ロケットガールを1章だけ、軍事研究を2章まで読んだけどそのままになってる。どっちもタイトルでそそられて手に取ったけど、中身もちゃんと面白い。読み終わったら改めて。後者の方がハードルは低そう。