Like a notebook

イニシャルHの研究

誰が「映画の98%は音楽」と述べたのか。

Ⅰ.序文

「未解決」。たとえそれが事件でなかったとしても、おそらく童心を持った人間であればだれだって、この言葉には心をときめかせるものだろう。そういう気持ちを自己投影して、人類は名探偵コナンなりその他の素人探偵ものを見ているのだろう。そうじゃない?違いますかそうですか。僕はそう思っている。というわけで、僕もコナンになるために調べたのであった。

 

Ⅱ.手法と結果

1.ネットの格言まとめ

日本語圏での検索は限りが尽くされているはずなので、ここは英語圏からアプローチするのが確実だと考えた。それでも手掛かりがないならフランス語なりに進めばいい。

英語で名言とかはquote という単語らしいので、 "music quote movie"などでGoogleの検索をかけると、アルフレッド・ヒッチコック(Alfred Joseph Hitchcock)の言葉として、特に一行目から二行目にかけての文章が、頻繁に引用されたりまとめられたりされているのがわかった。

  • A film is -- or should be -- more like music than like fiction. It should be a progression of moods or feelings. The theme, what's behind the emotion, the meaning, all that comes later. After you've walked out of the theatre, maybe the next day or a week later, maybe without ever actually realizing it, you somehow get what the filmmaker has been trying to tell you.

    (拙訳:映画というものは—そうあるべきだと思うのだが—散文よりも音楽に近い。映画には様々な感情やムードの継起があるはずだ。主題や意味といった、感情の背後にあるものは全て、後から生まれるものだ。映画館を出たら、翌日や一週間後、あるいは今に至るまで全く自覚していないかもしれないが、観衆は自然と、映画監督が伝えようとしたかったことを理解しているものだ。

     (例えばこんな感じ。https://m.imdb.com/name/nm0000040/quotes , Accessed May 16, 2019) 

 

ただし、大体において格言まとめサイトというのは引用を正確に行ったり、出典を調べたりなんてことはしていない。このままでは未解決事例を一つ増やすだけなので、もう少し確実性のある典拠を出しておきたい。

どうやって調べたかは忘れたが、一行目だけにしたり、二行目も含めたり、サーチワードを色々と組み替えて検索を繰り返すうちに、以下の書籍で該当する箇所を見つけた。

2.書籍

The Cinematic Theater - Babak A. Ebrahimian - Google ブックス

Storytelling in World Cinemas - Google Books

前者の "The Cinematic Theater" のChapter 3, Sequencing in time, p91に確かに引用がある…のだが、referencesのページはgoogle booksで対応していないので確認できなかった。

しかし、後者の"Storytelling in World Cinemas"は出典付きで確認することができた。p84 (conclusion)内で引用されており、対応個所の出典は以下の書籍だと確認できた。*1

Cinema of Stanley Kubrick: Third Edition: Norman Kagan: Continuum

ヒッチコックの評伝らしいが、Google books に該当する書籍はなさそうだった。どうせなら最後までやってみたい。

3.オンラインのアーカイブ

こういうことは声高にいうものでもないが、学問の教科書とかだと「書名+pdf」とかのワードで検索をかけると落ちていることがたまにある。ロスマンの疫学とか。とりあえず同じ手法をとってみたら、pdfは出てこなかったが、以下のサイトにたどり着いた。

archive.org

ウェブページや書籍をオンラインでアーカイヴしている団体で、登録すれば無料で読めるらしい。メールアドレスとパスワード、それとユーザーネームを送信してverificationを済ませれば会員登録は完了する。該当ページは231だと本文に記載されていたので、確認したら…あった!

He has stated that "A film is -- or should be -- more like music than like fiction. It should be a progression of moods or feelings. The theme, what's behind the emotion, the meaning, all that comes later. After you've walked out of the theatre, maybe the next day or a week later, maybe without ever actually realizing it, you somehow get what the filmmaker has been trying to tell you." ^5

(p231 一段落目の中ごろ)

これも引用しているらしい。文献リストから該当する書物を探す。

5. Lyon, Peter. " The Astonishing Stanley Kubrick." Holiday, February, 1964. 

お察しの通り、これを入力して検索にかける。

4.ArchivioKubrick

これぞ、というのはもうほとんど該当しない。この段階においてようやく(今更)、キューブリックのアーカイヴのサイトにたどり着いた。

Archivio Kubrick: Words - Stanley Kubrick's Interviews

おお、これか…と思ったのだが、この記事のアーカイヴは存在しないらしい。仕方ないので、その一つ下の記事をあたることにした。同じ年の同じ月に出したインタビュー記事なので類似する発言があるかもしれない。インタビューしたのは1962年の7月。当時のヒッチコックは30代前半にして「突撃」など優れた作品を立て続けに制作して、既にその地位を不動のものとしていた…という序文から始まるインタビューに関連しそうな箇所は…無事にありました。

 

 I understand you made the film entirely by yourself - did you also finance it?
Well, it didn't cost much - I think the camera was ten bucks a day - and film, developed and printed, is ten cents a foot. The most expensive thing was the music... the whole film cost 3900 dollars, and I think about 2900 of it was for the music, having it sync'd in.

(以下拙訳:

ーあなたは映画を全て独力で作り上げたとうかがいましたが、資金の調達もご自分でなさったのですか?

ヒッチコック:えぇ。それほど高額でもなかったですが。——カメラは一日当たり10ドルですし——フィルムの現像と印刷は1フィートあたり10セントです。一番高かったのは音楽ですね…映画のコストは総額3900ドルで、そのうちのだいたい2900ドルを作中で用いる音楽に使ったと思います。

 

2900/3900 *100 =  74.35%なので98%には及ばないが、だいぶ前進したと思う。

3.その他の映画監督

一応、ロバート・ゼメキスジョージ・ルーカスリドリー・スコットも調べた。ルーカス以外は該当する発言が見つからなかった。ルーカスは「サウンドが映画鑑賞における経験の半分を占める」と言っていたようだ。こちらに関しては割と容易にNew York Timesのインタビュー記事?が見つかったので、こちらを参考にしていただければ十分かなと。

Mr. Lucas considers sound as essential to full cinematic effect as image. "Sound is half the experience in seeing a film," he says. "That's why I have been bothered by the poor sound reproduction in many theaters and most homes."

出典:

HOME ENTERTAINMENT; In the Action With 'Star Wars' Sound - The New York Times

4.結論

98%という発言は見つからなかった。ただ、SF三部作などの作品がある著名な海外の映画監督であり、映画における音楽の役割を非常に重んじていたキューブリックでよいのではないだろうか。インタビューによってはもしかしたら「映画のうち映像の占める割合なんて、2%ぐらいのものだよ。あとは音楽が全てだ」ぐらいは言っていてもおかしくないと思う。

5.感想

お家で時間があるときにヒッチコックの作品を見てみようと思いました。見たことないんですよね。

 

 ※当記事におけるウェブサイトの最終閲覧は全て2019年5月16日です。

 

 

 

*1:ちなみに本文に記載されている通りにKagman, 1983だかで調べると全然関係ない学者の論文が出てきてしまい、あやうく精読するところだった