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イニシャルHの研究

Vaccine Hesitancy のwikipedia日本語版記事の紹介と、訳語に関する私見

要約:「Vaccine hesitancy /ワクチン忌避」という現象を説明したページがwikiにできて、反ワクチンを考えるための素材が増えた。でも、ワクチン「忌避」という訳語で定着させるべきなのかは疑問だ。少なくとも用語の定義について、先行研究を参照するべきでは。

 

日本版Wikipediaには長らく、Vaccine Hesitancyに関する記事がなかったのですが、昨日確認したところ、かなり立派なページが完成していました。

ja.wikipedia.org

 

参考文献の質と量をご覧にならずとも全体の雰囲気からある程度わかると思いますが、このページの質は、一般的なWikipediaの記事と比較しても、結構レベルが高いと思います。僕の知っている限りでは、2月の初旬には訳語すら誰も登録していなかったのに、誰がこんな分量と質のページを作り上げたのか…と思って、編集履歴を確認したんですが、主に理系のページの翻訳をなさっている方が、英語版のVaccine Hesitancy の記事を和訳したようです。翻訳の質もいいですし、すごいなぁと。参考に英語版のページもあげておきます。

en.wikipedia.org

 

ところで、僕はこの言葉をワクチン「忌避」と訳してよいのか自信がありません。実は、つい最近まではそうやって読んでいたんですけど、「忌避」という言葉の射程が本来のvaccine hesitancyの意味しているところを正確に映し出しているのか自信がなくなってきたからです。

僕がこの分野に関心を持ったきっかけは、年明けにこの分野の第一人者である——WHOの Vaccine hesitancy の部署のメンバーだった——医療人類学者のEve Dubéの講演を受けたからなのですが、彼女のニュアンスでは、Vaccine Hesitancyは「ワクチンを拒否はしないが、ワクチンに対して何かしらネガティブな感情、あるいは不安感を抱いている」状態を指していたと思うのです。

(追記)不安になったので文献当たりました。Vaccine誌によるvaccine hesitancyという言葉の射程について述べた部分を引用いたします。

Hesitancy is thus set on a continuum between those that accept all vaccines with no doubts, to complete refusal with no doubts, with vaccine hesitant individuals the heterogeneous group between these two extremes(...)

(MacDonald 2015: p4162)

 

拙訳)したがって、Hesitancyというのはワクチンを何の疑念もなく受け入れられる人たちと、確信をもって完全に拒否する人々の間に存在する連続体とみなされる。ワクチンに対するhesitancyを抱く個々人は、これらの両極端な視点の間に立って、そのいずれとも異なる集団を形成している。

 

意訳すると、ワクチン信頼オールオッケー派とワクチン拒絶絶対ダメ派がこの世の中にいるけど、それ以外の人はVacccine hesitancyなんですよ、ということでしょうか。「不安だけど…まぁいっか」から、「かなり不安だから基本ヤダ。」までみんなそう。

 

 

もっとも、この論文でも冒頭に、「この現象を定義するための単語の選定」に苦心した過程が記されており、同様に単語そのものが持つ射程と、現象そのもののズレに関しては認めています。

次に、忌避という言葉についての定義を、『大辞林 第3版』のものを一例として引用します(参照:忌避(きひ)とは - コトバンク )

きひ【忌避】

 
( 名 ) スル
 きらってさけること。 「徴兵を-する」
 訴訟において当事者が、不公正な職務執行を行う恐れのある裁判官・裁判所書記官を職務の執行から除外するよう申し立てること。 → 除斥じよせき

詳しくは参照元の、コトバンクの他の辞書の定義をご覧いただきたいのですが、基本的に「忌避」という言葉は「避けること、排除すること」という拒絶のニュアンスが中心となっているように思われます。"Vaccine refusal "という別の単語が既にあるのですが、忌避という言葉は、むしろこちらの意味に近い印象があります(Dubé, Vivion, and MacDonald 2015)。

 仮に、refusal を拒否と訳したとすると、「忌避(きひ)」と「拒否(きょひ)」ではやや音が似すぎていて、情報伝達の際に誤解が起きやすいのではないかという懸念もあります。

 

以下はあくまで僕の私見ですが、別案を提示しておきます。「猜疑(相手のポジティブな言動に裏があるのではないか、と勘繰ること)」、「嫌疑(犯行を疑うこと)」などはワクチンへの人々の感情を上手く表せる気がします。ただし、日常的な会話で頻繁に使うわない言葉ですので、どこまで受け入れらるかはわかりません。その点を重視するのであれば、既に人口に膾炙した単語である「不信」の方が明快でよいかもしれません。こちらもネガティブなニュアンスが強い言葉ですが、行動としての排除や拒否が含まれないことが良いかなと思います。 

僕は専門家と名乗れるほどのものでもありませんし、この懸念がどこまで妥当性を持つかはわからないです。ただ、いずれにせよwikiの両ページにはdefinitionに関する参考文献が提示されていないのですが、これはあまり好ましい状況ではないと思います。僕もoverviewなどをもう少し確認してから、追加しておこうかなぁと思っています。

 

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今後は系統的レビューなどを参照して、僕なりのVaccine Hesitancyのまとめを書くことと、日本でのワクチン騒動に関する医学関係者と反ワクチン派の両者の動きを改めてとらえることを目標にしています。*1

5月末にWHOの総会(World Health Assembly)があるんですが、そちらでもワクチンに関してのセッションがありますので、この話題は昨年以上に注目を集めるでしょうし、やりがいはあるかなと思います。*2

日本での研究はまだ乏しい分野ですし、とりあえず日本語圏の意志あるものが道を開きやすい環境づくりだけでもしておきたいなぁと思う次第です。

 

とりあえずこのあたりで。この記事は何かあったら頑張って再編集したりします。

 

 

参考文献

Dubé, Eve, Maryline Vivion, and Noni E. MacDonald. 2015. “Vaccine Hesitancy, Vaccine Refusal and the Anti-Vaccine Movement: Influence, Impact and Implications.” Expert Review of Vaccines 14 (1) (January): 99–117. doi:10.1586/14760584.2015.964212.

MacDonald, Noni E. 2015. “Vaccine Hesitancy: Definition, Scope and Determinants.” Vaccine 33 (34) (August): 4161–4164. doi:10.1016/j.vaccine.2015.04.036.

 

*1:Zoteroに30本くらい入っていて、大体10本くらいは読みました

*2:GAVIというかビル&メリンダゲイツ財団のことを愚痴ろうとするフラグだが、こういうのはやっぱりwin10の動作に異常をきたしたりするのだろうか