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イニシャルHの研究

犯罪リスクを地図上で可視化するアプリ(2)

 

 これの続きです。

chanma2n.hatenablog.com

 犯罪者予備軍があなたの近くにいる!ということを位置情報や映像データ、SNSの口コミ的な機能などを用いて警告するアプリがアメリカで人気を博しているという話でした。原文はこちら。

www.vox.com

アプリが恐怖と暴力の悪循環を加速させかねない。

こうしたアプリが好評を博すようになったのは、治安が悪化しているという人々の思い込みが深まってきたからだ。ギャラップ社の統計をピュー・リサーチ・センターが分析したリサーチによれば、アメリカ人は昔に比べて犯罪が増えてきていると思っているようだ*1。しかし、実際には、2017年までの25年間で犯罪件数は急減していることが、FBIと司法省統計局(Bureau of Justice Statistics)の調査で明らかになっている*2

もちろん、わけのない恐怖感や詮索好きなお隣さん、あるいは近隣の相互監視というのは別段新しいものでもない。しかし、スマートホームスマートデバイスが普及すると、カメラやセンサーのような装置による呼び鈴、ポーチ、玄関への監視も強化されていく。

そして、様々なテクノロジーの進歩によって、これらの機器が収集する情報の共有と送信は以前より容易になり、情報を取り扱える範囲も拡大している。

ミシガン州立大学メディア情報学教授であるDavid Ewoldsenによると、こうしたアプリは犯罪に対する警戒心を煽るものだ。既存のバイアスやレイシズムな価値観を増長させる。特に、人種に関するステレオタイプな偏見を強めるということだ。 

Ewoldsenいわく、「詳細な研究を基にしても、犯罪に関する話を見聞きしたひとは白人よりも黒人を容疑者として想定しやす」く、それは実際の容疑者の人物像とは関係がない。

メディアの正義に関する団体である、メディア・ジャスティス・センターの選挙対策課長のSteven Renderos は以下のように語る。

Renderos: これらのアプリは近隣で起こる犯罪についての信頼できる情報源などではない。ただ人々のバイアスを反映したものに過ぎず、非白人やホームレス、周縁部の他のコミュニティの人々を犯人に仕立て上げるものだ。


監視アプリでの人種差別の事例の多くで、「あの人は犯罪者だ」と断定的な表現が使われている。

Motherboardが近ごろ公開した記事によれば、ジェントリフィケーションの済んだブルックリン地区を対象にNeighborsに投稿された「容疑者」の大多数は非白人だった。Nextdoorもまた、この種のステレオタイプ化を加速させてきたし、Citizenのほとんどのコメントは非白人に対する911通報だと考えられる。

「容疑者」呼ばわりすることそれ自体がすぐに危険につながるわけではないにせよ、そうした断定が繰り返されればそのリスクも高まるだろう。非白人が犯罪者予備軍だと思われやすくなるだけではなく、警察が本当に彼らを逮捕、暴行、あるいは殺害する可能性も上がるからだ。そして、そうした公権力の行動そのものが、犯罪と非白人を結びつけるような思想を強固にしていくのだ。

Renderos: この手のアプリが非白人と警察の間の折衝を現実に引き起こし、警察が逮捕や監禁などの暴力的な措置をとることにもつながっていく。偏見からはじまった警察の活動それ自体が国内全土に普及していき、それこそが次の事件で非白人を容疑者だと予想することへの根拠となっていき、暴力的な対処は自己増殖していく。

Renderos: ITの発達に応じて、警察もデータを活用する業務スタイルへの転換を進めているのだが、そのデータというのは、911通報での通報者とのやり取りや過去の犯罪に関するデータに基づいている。逮捕も過去の犯罪データの一部として、警察の治安維持用アルゴリズムでよく用いられている。したがって、「誰が容疑者たりうるか」や「逮捕されそうな人はだれか」といったいくつもの過去の判断の積み重ねから醸成される。そうした偏見が警察の将来の活動に影響を与えて、差別の悪循環を生むことになる。


偏見や不公平な警察の取り締まりはアプリが生んだわけではない。種に水をやっただけだ。


Renderos: 個人的には、こうしたアプリの危険性というのは、個々人が誰をコミュニティのメンバーとみなすのかの決定権を与えられる点にある。コミュニティ内にいる非白人が警察に目を付けられる可能性が上がり、そうした接触は過去においては人を死に至らしめる事件を招いた。トレイボン・マーティン事件では、ジョージ・ジマーマンが監視をしていた。彼は外で見かけた知らない人は犯罪に関係していると決めつけていた。こうしたアプリもまた利用者の心理面に悪影響を及ぼすと考えられる。

こうしたアプリは利用者の精神衛生にも悪影響を与えるようだ。

Ewoldsen: 自分の周りの世界について詳しくなることで、不確実性を減らして危険に対処しやすくするように努めるのは普通のことだ。だからこうしたアプリが使われている。

Ewoldsen: アプリを使えば不安になり、もっと情報の精度を上げたいと思うので、アプリを使い続けることになる。アプリのせいで、かつてであれば知りえなかった犯罪についても目にしてしまう。長期的に見ればアプリは恐怖心を高めて、安心感を得にくくしていく。悪循環なのだ。

メディア・心理学研究センターのディレクターであるPamera Rutledgeによると、「危険だと解釈した出来事にばかり目を向けていると、安全というものへの感じ方が全く変わってしまう可能性がある。基本的には、ストレスレベルが上昇する。高血圧からメンタルヘルスの悪化まで、ストレスの健康への危険に関する研究は山ほどある」。

こうしたアプリが特に危険なのは、となり近所や同一の郵便番号内の地域といった間近で起こる犯罪についての情報交換をする場所だからだ。

Ewoldsen: かなり身近な場所での情報は、恐怖心をあおる効果がより高いのではないか。

こうした現象がいま起こる理由 


テクノロジーの進歩は人々の「あったらいいな」をかなえてきた。いま何が起きていて、どこが危ないのかを知るというのもそうだ。監視カメラと関係するアプリは技術が上がってきて安くなってきている。品質は上がり、価格は下がってきているので、ますます多くの家庭で導入されている。

スマートTVのようなエンタメ機器やストリーミング配信用の器具がスマートデバイスの中でも一番よく売れているが、防犯関係が2五位につけている(IDC調べ)。今後3年間で30%の売り上げの増加が見込まれている。

 どんな新しい技術においても同じことは言えるが、我々は監視デバイスを正しく使うということに苦労している。

Rutledge: 何事でもそれが新しいと、使い方をおぼえるときには苦労するものだ。まず難しい状況に飛び入って、時間をかけて理解できそうなところへと到達する。

しかし、なぜ明らかに間違った恐怖をもとに動いていて、多くの悪い副作用も抱えるアプリを使うのだろうか。ある説によれば、それは「進化」のせいだという。

Rutledge: 人間は生存率を高めるるために周囲の環境の性質を理解しようとしてきた。人間の本能が危険を察知するための情報をできるだけ多く集めようとするのだ。サバンナを歩き回るときには、どこに花が咲いているかよりも、虎の居場所を知ることが大事なように。

そういうわけで、たとえ統計的には安全であったとしても、本能的に危険の芽を探してしまうのだ。

Rutledge: よく知られたことかもしれないが、10,000人につき4人しか先天性心疾患を抱えた人はいない。だが、もしも自分が4人のうちの1人だったら、その数字を信じられなくなるだろう。同じように、自分の家の近所で何か事件が起きていることに気づいてしまえば、犯罪率が20%も低下しているという事実を受け入れがたくなるだろう。

メディアもまた、こうした思い込みを増長させている。

Ewoldsen: 「犯罪は増えている」と思い込んでいる人が、犯罪関連のニュースを沢山取り上げる番組を見ると、本当に犯罪は増えているのだと確信を強めることになるだろう。実際にはむしろ減っていたとしても。

こうした動きは長い時間軸のなかで起きるもので、政治的かつ社会的な要素を持つ。

Rutledge: 一般における現在の社会に安寧というものがなく、doscordとなっていることもある程度関係している。 

Ewoldsen: トランプ大統領は四六時中、犯罪の恐怖を声高に叫んで国家の危機を捏造している。移民が仕事を奪っているとか、メキシコやその他の隣国が犯罪者をアメリカに送り込んでいるといったようなことだ。こうした発言が、犯罪件数が天井知らずで増加しているという考えを強固にしていく。

恐怖心を基にしたソーシャルメディアが増加しているのは、地域のニュースが減ったことも関係しているかもしれない。地方の新聞社がここ数十年のうちに規模を縮小するか廃業に追い込まれるなどして、ニュースの砂漠が生まれていった。ニュースの砂漠となった場所にはもはや記者がおらず、全国規模ではない事件には手が回らないのだ。

良かれあしかれ、というか大体は悪影響を及ぼしているが、ソーシャルメディアはこうした空隙を埋めるようにして規模を拡大してきた。

Rendros: 最近の人がさらされるニュースとはそういうものなのだ。ソーシャルメディアはますますもって、人々のニュースソースとなっているのだ。

地域のソーシャル&ニュースアプリでは、 テックはこういった情報を拡散させることができる。

こうした地域のソーシャルアプリやニュースアプリは、偉そうな態度で熱心に近所の番人役としてふるまう良き隣人の代替物のように思える。しかし、新たなアプリには、恐怖の伝染を抑止してきた地域密着型のニュースのような効果はない。むしろ、恐怖のもととなるようにして情報を拡散する。

私たちにできること

 

Ewoldsenはメディアリテラシーとメディアの選び方が大事だと指摘する。

Ewoldsen: 私たちはニュースを消費することに対してもっと関心を向けて、深く考えないといけない。

言い換えれば、アプリに投稿された情報がどんなものかを理解して、それが自分には関係ないことだと気づくということだ。アプリが犯罪を通知する近隣の距離半径を小さくするか、通知を切るべきかもしれない。アプリのユーザーは自身の抱えるバイアスと、他の利用者のレポートやそれへの返信がひどく歪んだものになっているかもしれない、

その責務は開発をしているメーカーにもある。

Rutledge: 裏付けの取れない投稿を削除するというのは有効かもしれないが、それには投稿前に犯罪が起きていることを確認する必要がある。これは不可能ではないにせよ、実際にはかなり難しいことだ。3種類の表現が用いられることが望ましいだろう。「重要な位置情報データ、重要ではないデータ、脅威にならないデータ」というふうに。*3

皮肉なことかもしれないが、企業はただもっと多くのドア用のカメラとワイヤレスのセキュリティ装置を売り上げて、アプリをもっとDLしてもらいたいだけなのだが、そのためにもっとも効率的な手段が恐怖心をあおることなのだ。

Rutledgeは企業はもっと長期的な視点を持つべきだと訴える。

Rutledge: 長く続く企業というのは長期的な視点での顧客への厚生を考えようとする。いつも短期的な利益だけを見ているだけでは、会社は長続きしないからだ。 

 

*1:「去年よりも犯罪が増えている」と回答した人の割合。1993年(87%)→2017(68%)

*2:12歳以上の人口1,000人あたりに対する犯罪の発生件数。1993年(79.8%)→2017(20.6%)

*3:この一文の意味をうまくとれなかった。“It would help if it would say ‘these are three important geolocated things and these things aren’t important — these aren’t threats. Here are some tips.’”