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イニシャルHの研究

Ray Dalio のPrinciples for success

要約:彼が語る成功の要件の一つである「他者の視点」というのはタダで手に入るものでもない。どうやって得るのかというのは全く触れられていない。彼が人たらしの天才なのか、いまだにすごく傲慢なのかどっちかじゃないのだろうか。

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Ray Dalio のPrinciplesという自己啓発本が、いつぞやにツイッターで激賞されているのを見て*1、とりあえず電子書籍を手に入れたのだった。

以前にEconomic Princplesの動画*2は見たことがあったので、たぶん今回も動画があるだろうと思って調べてみたところ、案の定あったので一通り見ておいた。別に大それた小説でもあるまいし、話の大筋を掴んでからさっさと読み終えた方がいいと思ったので。

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話の筋は別に複雑でもないしそこら中で耳にする程度のことで、「明確なビジョンに向かって失敗しても諦めずに立ち向かいましょう。リスクをとらないと成功はできません。一個人の合理性とか見える世界は限界がありますから、自惚れたりせずに他人の意見に耳を傾けましょう。そうすれば成功できます。」ということが言われている。

世の中の多くの人間がこのことを理解していても実際にはできない、或いはきちんとやっている人でさえも、なんかその辺には満足しにくいのだろうと思う。だからこそ、こんなことを言ってるだけで金儲けできる人がいつまでもあちこちにいるんだろう。

凡人が言うか、実際に成功した人間が言うかの違いが金を生むとも言える。ただ、その一方で、使い古された説教でもちゃんとしたデザインと、時流に乗った方法でのコンテンツの(味見を含めた)提供方法、それとしかるべき人柱(成功者)を使えばお金儲けができるということ自体が、一つの生きた具体例なのかなぁとも思わされた。

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…というのは本当の感想ではない。一番強く抱いた印象は「なんか、けっこう自己中だなぁ」というものだった。

 

この動画は終始茶色のジャケットを着た男性に寄りそう視点で描かれているが、山を登るのにも立ち上がるにも、「いかにも全部自力でやりました」みたいな感じで描かれている。いやいやそんなわけがないでしょう。

例えば、経済の予想に失敗して会社から従業員がいなくなった時に、父親から6000ドル借りましたとかさらっと流してるけど、あの場面で手を差し伸べた人間がいたことは結構大きなことだと思うんですけどね。家族の支援は所与のものとして仮定する機械仕掛けの世界なんでしょうか。

 

似たようなことなのですが、「成功のために、他者の視点を僕は大事にしています」って、それじゃああんたは他人に対していったい何を与えているのですか?みたいなことを考えちゃうんですよ。

他人の視点や存在そのものが自分自身の成功に不可欠というのは否定しませんけど、彼らがみな奴隷というわけでもあるまいし、周りの他の人がその視点とやらを提供するには対価を与えるのが普通なのじゃないかと。でもそういうことは全然ここには出てこない。

もちろん、「あなたの壮大な理想についていきたい、あなたに貢献することが私の目標です。」と語る優秀で忠実な他人もいるのかもしれません。大河ドラマでよくいる名将みたいな。でも、それだってタダ働きじゃない。何より、全員がそうというわけでもない。

個々人に夢や目標があるというのであれば、彼らにも当然それぞれの登るべき山があるだろうし、その登山のためにはやはり私と同じように、他人を必要としているはずなのですが。

また、動画の中では、ある程度の視点の価値の差を認めているので、たぶんそれなりに優秀で金のかかる人材が必要になるでしょう。なぜならば、自分の目指す山が大きくなればなるほど、提供される視点の価値も大きくなければ意味がないからです。

ということは、他人の見ている山の方がもっと価値があるのかもしれないんです。だって、自分と同じレベルの指摘ができる人ならば、同じくらい、あるいはそれ以上に優れいているだろうし、強固なビジョンを持っているかもしれないわけです。そのときに、どうやって、何をして自分自身を納得させるんでしょう。

 

こういう他者の存在への想像の欠落が、今の彼は他人の健康を目標にしているけど、それを実現するための言葉を今は何ら持ち合わせていない…という最後の部分につながっているんじゃないかなとも思うわけです。

彼は自分がのし上がるために猛進できるマシーンであって、そういう考えが欠損しているのかもしれない。あるいは、その反対に、無意識レベルで他人への奉仕ができる人間であるからこそ、そんなことを意識したことがないのかもしれない。

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というわけで、僕は彼の意志の固さとか、彼が語る成功の秘訣とかいうものよりもずっと、「無意識レベルの他人への貢献」もしくは「他人を傅(かしず)かせるのは当然という傲慢さ」が本当の成功のカギなのではないかと思っています。それか、先ほどの父親の支援のくだりや、「普通の中流家庭に生まれました」という序盤の一言に見られるような、「初期値のラッキー」が結構デカいのではないかな、と。

 

まぁ、僕みたいなしょぼい人間が何かを言ったって、特になんの意味もないわけですが。もしかしたら、こういう感想こそが彼の嫌悪している、退屈な平凡とその常識が生み出す、唾棄すべきくだらないものなんでしょうかね。気が向いたら本文も読んでみますが、とりあえず僕は来世に期待したいと思います。さようなら。

*1:マーケティング界隈だったのか、それとも投資界隈だったかは忘れた。

*2:経済の仕組みを需要供給曲線じゃなくて信用創造の方に焦点を当てて解説した動画だったと思う