Like a notebook

イニシャルHの研究

京大野球部の本を読んだ話

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洋画の捻りすぎた邦訳タイトルみたいに長い書名だけど、面白かった。内容の大筋としては、コロナ前からコロナ禍中の京大野球部がリーグ戦の優勝(勝ち点をとる、とかではない)という目標に挑戦する様子を、個々の選手、監督、アナリストの概ね10名程度に焦点を当てて描写したノンフィクションといったところ。

この本で僕が面白いと思ったのは、京大野球部って案外、感性を重視しているんだな、というところだった。他のチームの関係者や選手の言行にもそれなりの分量が割かれるので、そこと対比してみてもあまり差がない。考えすぎると不調になる、という評価がある一方で、不調に入った選手のコメントはそれほど採用されないので、楽観的な感性(感覚)ベースのコメントが多くなっていたのかもしれないし、書籍の方針でそうなったのかもしれない。感覚は誰とでも通じる可能性がある一方で、複雑な思考は誰にでも理解できるわけでもない。

つまり、野球をする際の考え方や発想の点では、京大であることの明確な強さは見られなかった。野球をする人間の個性とか制約(授業や実習との兼ね合い、進路に関する選択肢など)としての要素ではあるが、プレーヤーとしてはあんまりどこの学生であっても変わらないように見えた。違いというのはむしろ、監督やアナリストが選手を面とか時間軸というフィルターを通して見つめながら、起用法を考えていることに対して、選手は目の前の出場機会、打席、投球回における最善を常に考えている、というところが明確に表れていたと思う。これもたぶん、何処のチームでもよくあるところだとは思うが。

データに対する嫌悪感、という言葉が主力となる選手に添えられていることも意外だった。その点での優位性を最大限に生かしてプレーしているのだと考えていたし、実際にベンチには多くの張り紙をしているようだ。その一方で、ラプソードで見た球質というところ以外で、分析というものに目立ったものは描写されなかったような印象を受けた。ただ、これはあくまで僕自身が「分析」という言葉に対する期待値を高くしすぎたせいに過ぎなくて、他の人が読めば「京大生ってよく考えて野球してるんだね!」とかになるのかもしれない。というわけで、この本を知り合いにあげて読んだもらうことにした。結果はいずれ。

 

近況(5/29)

最近読み終わった本

・『現代ロシアの軍事戦略』(小泉悠、ちくま新書

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これは非常に良かった。従来型の軍事行動を伴う戦争以外にも、戦争の手段は沢山ありますよ~という入り口からまず面白かった。とはいえ、最後に必ず必要になるのは歩兵による制圧なわけですが。あとは軍事費がいくら増大してもロシアの総GDPから考えて限界はありますよね、みたいなところとか、訓練された兵隊の価値とか。歴史年表と歴史の教科書をなぞるだけでは考えが至らなかったところの筋道が立ったというか。

・『辺境・近境』(村上春樹新潮文庫

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読み終わったって思ってたけど、ノモンハンの章はまだ読んでなかった。まぁいいや。安西水丸と女性編集者と讃岐うどんを食べ続けるエッセーがあって、それが一番面白い。笑いが止まらない感じ。さすがに一流の文学者が書くと、うどん一つでも表現豊かかつ多様な色を持ったものとして想像できるようになるからすごいですわね。どこに出てくるか忘れたけど、「自分の国ではお腹が空いた顔をしていたら、誰かが家に招き入れて、ご飯を食べさせてくれる。だけど、日本では違う。お腹が空いた顔をしていても、誰も歓待してくれないんだ」っていう言葉がなんか胸に響いた。

 

・『サラ金の歴史』(小島庸平、中央公論新社

www.chuko.co.jp

サラリーマンへの金融なんだから、そもそも庶民に根付いていたのでは?というところから、話は明治時代の借金事情にまで立ち戻る。これがまず面白い。みんなちょっとした金貸し事業をやったりしていたようで、利率が案外えげつない。闇金もびっくりってレベルの利率だ(年利に換算すれば。そんなに長期を見通して貸しているケースはあんまり紹介されてなかった)。融資を回収できるかどうかが大事で、債務負担力を担保するための信用調査と、そのコストのトレードオフが主題となっていたかな。サラ金は規模の経済らしく、融資額と店舗数をとにかく増大させていくんですけど、そうなるとどんどん与信の面で怪しいところにも目をつむらないといけなくなって、その辺と国の規制(とそれを後押しした世論の批判)が相まって一気に……。でも昔々からお金を借りるなんてことはみんなやってたわけで、サラ金がなくなったからってみんなが借金しなくなくなるわけじゃないよね。ということで、ひととき融資とかが紹介されていた。リボ払いとかもあったかな。小口融資の多様化なのかもですね。

 

結構前に読み終わったけど感想を書いていない本

どれもすごく面白かった。ということを書こうとしたはずなのだが……

山舩晃太郎 『沈没船博士、海の底で歴史の謎を追う』 | 新潮社


海獣学者、クジラを解剖する。~海の哺乳類の死体が教えてくれること~ | 山と溪谷社

 

目の見えない白鳥さんとアートを見にいく | 集英社インターナショナル 公式サイト

 

この辺は基本的にタイトル買いで、中身もとても良かった。あとこれ、めっちゃ長いけど何とか読み終わった。かなり登場人物が多くてややこしいので早く映画で見たいですね…。映像の方がもっと楽しめると思う。

ザ・コーポレーション キューバ・マフィア全史 上 | 種類,単行本 | ハヤカワ・オンライン

 

東南アジアに関する住宅市場調査していたのでついでに、って感じですね。川端基夫先生の研究を思い出して懐かしくなりました。食事回数とかチェーン店と屋台の関係とか、日本と全然違う事情がやっぱり国々にあって、これはこれで面白いです。

コンビニからアジアを覗く|日本評論社

 

 

読み終わっていない本

漫画:

・ひらやすみ

ダーウィン事変

・海が走るエンドロール

ちはやふる

BECK

サマータイムレンダ

・北北西に~

・SKETCHY

・九龍城ジェネリックロマンス

恋は雨上がりのように

・詩歌川百景

 

それ以外の本

・ハッパノミクス

小説すばる6月号(の新庄耕の地面師2)

・新東京百景

これめちゃくちゃ面白いです。おすすめ。

映画「マイスモールランド」について

別のところに掲載していた映画の感想。属性柄かあんまり受けなかったのでこちらに。

17歳のサーリャは、生活していた地を逃れて来日した家族とともに、幼い頃から日本で育ったクルド人
現在は、埼玉の高校に通い、親友と呼べる友達もいる。夢は学校の先生になること。
父・マズルム、妹のアーリン、弟のロビンと4人で暮らし、家ではクルド料理を食べ、食事前には必ずクルド語の祈りを捧げる。 「クルド人としての誇りを失わないように」そんな父の願いに反して、サーリャたちは、日本の同世代の少年少女と同様に“日本人らしく”育っていた。
進学のため家族に内緒ではじめたバイト先で、サーリャは東京の高校に通う聡太と出会う。
聡太は、サーリャが初めて自分の生い立ちを話すことができる少年だった。
ある日、サーリャたち家族に難民申請が不認定となった知らせが入る。
在留資格を失うと、居住区である埼玉から出られず、働くこともできなくなる。
そんな折、父・マズルムが、入管の施設に収容されたと知らせが入る……。(以上、上記HPより引用)

「教員免許をとるために、大学に行きたい」。「時給の良い隣の県でバイトをしたい」。「ちょっと気になるカレと遠くに旅行したい」。
僕の生きてきた世界においては、あまりにもありふれているし、あっさりとかなえられてきた願いたち。しかし、その一つ一つの願いの基盤には、日本における在留資格があり、就労する権利があり、居住県外に出ることを制約されていない、という前提が必要なのだ。僕はそのことを、カメラを通じて異邦人として日本に向き合う中で、初めて気づかされた。

入管に取り押さえられた父親と、ガラス越しに語り合う子どもたち。「なんで?どうにかならないの?」。子供たちが訴える。彼らは昨日までの彼らと何ら変わらない。制度が彼らを突然に分断したのだ。「クルド人は祖国を国境によって分断されてしまった。だから国がない」。父が語るこの言葉は、彼ら家族が、現代の日本において置かれた境遇を暗に示したものではないか。「難民」、「難民じゃない」。昨日の彼らと今日の彼らは全く異なる処遇に置かれた。だけど、彼らは昨日と今日で、まったく違う人間なのだろうか?僕にはそうは見えない。制度が人を分断する。フラクタルな視点の中で、世界の悲劇はいつも繰り返されているのだ。

エンドロールにおいて、この物語は誰か特定の人物や家族をモデルにしたわけではなく、取材を通じて創作された物語であることが示される。そのことは、こうした物語はごくありふれているのかもしれない、ということを示唆させる。

とはいえ、「英雄の証明」みたいにどこか重苦しい雰囲気が終始漂う映画でもない。たぶんそれは、少し主人公たちの世界を遠巻きに眺める視点のおかげであったり、人間的な美しさを持った人々を丁寧に演じている役のおかげであったり、あるいはささやかな幸福もしっかりと切り取る構成の妙味のおかげなのかもしれない。だから、政治的ドキュメンタリーを見るとかいったときに必要な気構えが必要な作品でもない。

ところで、移民の家族が生きていく上で様々な障壁に晒されることは、日本に限られたことでもない。つい最近では、米国における韓国系移民の家族を主眼に当てた「ブルーバイユー」という作品が公開されており、こちらも国際的に高い評価を受けた。

また、クルド人のサーリャは日本語と母国語に長けており、社会生活の維持に不可欠な人材として、クルド人のコミュニティから多種多様な業務(翻訳・通訳)を引き受けており、大家からも同様の依頼を受けている。さらに、母親が既に死去している家庭の中で、母親の代わりとしての役割も引き受ける。彼女は「子供らしく」いることができないヤング・ケアラーとしての役割が描かれている。家族(ないしはコミュニティ)と社会の架け橋としての役割を成年にも満たない女性が担う描写については、「Coda コーダ 愛の歌」においても、物語の重要なテーマとして配置されている。(なぜか予告動画が非公開になってしまっているが)

gaga.ne.jp

ところで、クルド人については、一昨年に公開された「風の電話」にも少しだけ現れる。家族を失った主人公の女性はややあって一人、広島から岩手の大槌町を目指すのだが、その道中、クルド人の人々が彼女に優しく手を差し伸べ、食卓を囲む。帰るべき場所を失った彼女が漂う様子は、帰るべき国のない彼らにとって、響き合う要素を備えていたのかもしれない。(という表現なのかもしれない、というだけの話だが)

僕の志向が他の映画との関連性ということに寄りすぎているのかもしれないが、「マイスモールランド」は現代社会における様々なテーマが射程に含まれている作品であり、その点でも素晴らしい作品だと感じた。

往々にして、知ることとは、己の無力を知ることに等しい。だからそのプロセスはいつも辛さや苦しさを伴うものだ。僕一人にできることはそう多くないのも、その一因かもしれない。だけど、その一方で、知らずして、目を背けたままで、世界は良い方向には進まない。僕は日本国の用意した多様な制度に命を救われた。その意味では、僕は本作品の主人公とは正反対の家庭にいるのかもしれない。だからこそ、僕は制度の網を広げられるように声を上げることができるかもしれない。

もっといえば、世界の情勢不安は「国境」の意味、そのあまりに強すぎるがゆえの影響力を我々に示している。ただ、国境はあくまで、想像の共同体のための「線引き」に過ぎない。制度の網の目を潜り抜けて、ささやかな支援を行うことも、できるだろう。僕自身、覚えきられないほどに沢山のささやかな善意を受けて生きてきた。次は僕が、手を差し伸べられるように――。そういうことを考えながら、僕は家路についた。それがちょっと前の話。

終わり。

1年目のあれこれ

某所用の原稿を一部切り取った。

 

現状で言うと、全くもって冴えない営業職という体たらくである。売り上げのほとんどは営業以外の得体のしれない業務から得ている、名ばかり営業職なのだ。とはいえ、有給も休暇も幾度となく失い、残業も沢山積み重ねた結果の現状であり、こちらとしては、「できる限りはやりました」と述べる他にない。誠に情けない結論だが、控えめに言っても僕は「早熟の/天性の営業職向きの人材」ではないし、この1年を基に人間性全体を俯瞰するのであれば、僕は「営業が向いてない」のかもしれない。

 

こういうことを仄めかすと大体、「営業は才能じゃない!」みたいに言う人が社内外から僕の目の前に押し寄せてくる。しかしながら、この言葉に付け加えられる根拠紛いのエピソードは、いずれも壮絶かつ再現性が全然なさそうなもの(「毎日電話をnn時間するのをnn年続けるだけ」とかそういうの)ばかりで、「いやそれを成し遂げられた時点で君は向いてるんだよ、生存者バイアスだよ……」という気持ちが心の底からにじみ出る。東大に入った知人がかつて言い放った、青チャートだか赤チャートだかを全部読んで覚えたという、魔術的発言と同じ類だと考えている。

 

むろん、僕が易々と行うことの中に、社内の誰しもが全くできない作業も幾つかある。ただ、それは今の僕のポジションにおける、直接的な評価基準に含まれたり、直接的に繋がったりするものでもない。要するに、世の中には適材適所がある、ということなのだ。

ロジックと名乗る資格もないような身勝手で再現性や根拠に乏しいストーリー展開に、内心では戸田山和久に土下座してください!とか絶叫している。マシュマロみたいにふわっとした「エビデンス」を請求されたり提示されたりするたびに、「専門家でもないやつの意見がまずエビデンスって言わないよ。ロスマンの疫学をご栄転の際にはお送りいたしますね」とか内心では考えているのだ。魂が実務に向いていないのだ。

 

話を戻してもう少し、職務に即した具体的なところで述べると、部署の都合で主に取り扱うアセットタイプが限定されていることと、周囲の人々の(平均してみたときの)知的好奇心の薄さに対しては多少の物足りなさを覚えている。取引としての幅広さはあるけど、知的関心はあまり充たされない。一般に膾炙した形であれば、好奇心は猫をも殺すのだが、僕の場合はアフターファイブと休日が幾度となく殺された。凡庸なオフィス仲介新人の仕事をしながらリサーチアシスタントをこなすとなると、素人は時間を沢山売るしかないのだ。法定外が今月は95時間、先月が60くらいだったと思う。年平均で40~50かな。休日は全く打刻しないので、実態としては+10~20くらいするかも。

 

こうして線形的に増加していく残業時間については、本心では前職以来、稼働時間の長い生活を送っていたことから、ある程度耐えられると踏んでいた。呪詛は沢山吐いているけれども。だが、ここ最近ではこれまで滅多に行くこともなかった病院に世話になる機会も増えてきた。これが加齢のせいなのか、それとも蓄積疲労なのか、あるいは単純に僕の限界が近いのか。どれが正解なのかはわからないけれども、僕より激務の人間もまだ沢山いるので、死にはしないと思う。知らんけど。通院はあると思う。

 

宝くじ当たったらまずは院に帰りたいですね。おわり。

20211231_今年の備忘録

なんか色々あってここに。

 

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今年は概ね楽しかったです。ただ、自分で書いておきながら、「概ね」って何?いったい、何が足りなかったの?という疑問も湧いています。

そこで、よくよく考えると、僕の充足感というものには、楽しさだけでは充たされないものがあるようです。すなわち、ある程度の苦しさが必要らしいんです。というわけで、これからその塩梅の話をします。

ーーー


今年、僕は不動産屋――しかも営業――になりました。しばらくやってみてはっきりしたことは、「(少なくとも今の僕は)全然向いていない」ということです。僕は他人よりも、話し言葉と書き言葉を、特に語彙の点でかなり似通わせる傾向にあります。そのためか、言葉を出すという単純な動作一つに対して、長考しがちです。こういう気質そのものは、善も悪もなく、ただ当たり前のようにそこに存在するだけです。だけど、少なくとも私の今の職種\職場ではあまり有利に働くものでもありません。思考より前に言動が来るというか。


どうしよう。唐代でのシルクロード貿易において活躍したソグド人たちは、子供が生まれた時には口に膠を含ませることによって、商人の才覚として欠かせない口述の技に長けるよう祈る、という風習があったと聞きました。じゃあ毎朝口に膠含んだらいけるかな。無理かな。来世は李世民ぐらいの時代でやり直そうかな……。


……とかなんとか言っていますが、正直なところ、僕はこのプロセスを含めて楽しんでいるようです。かつての僕の憧れだった、ギャングの参与観察で著名な社会学者のスディール・ヴェンカテッシュ先生は、自身の著作の中で「あらゆるところで腰を下ろしてみなさい。うらぶれた街の公園のベンチ、大都会のホテルのスイートルームのソファに……」みたいなことを言っていました。これは「いろんな場所に入り込んで、いろんな世界を見てきなさい」という意味だったと解釈しています。そして僕は、西海岸の黒人街の団地の中にある公園に通って、スケートボードに腰かけた。大都会のクラブでドリンクを片手に体を揺らした。色んな山を、川べりを、森の中を、ビルの隙間を踏みしめて、移り行く雲の流れをじっと見つめていた。そういう一つ一つの体験(あるいは参与観察)のように、不動産という世界に足を踏み込んだことも、「未知の世界に腰かける」ふるまいの一つに過ぎないと思っています。

それでいいのかな、と(メタ的な話かもしれませんが)悩むことはいつでもあります。でも、先月くらいに知り合いに指摘されたのですが、悩むことは僕の趣味らしいです。振り返ると確かに、焦燥感を抱えている僕の隣にはいつも、「この焦燥感を抱えた男は、次にどんな行動をとるんだろう。この物語が面白くなるためには、どんな行動をとれば/とらせれば、いいんだろう」と考え続けている、構成作家のようなもう一人の僕がいます。

その構成作家は、人生をフィッシュカービングのようなものだと考えています。「そうじゃない」世界を僕に沢山歩き回らせて、自分自身の周りに固着している余分な世界を削ぎ落としていく中で、最後に残った何かが僕そのものになるだろう、と考えているらしいです。山肌から滑り落ちた岩が、河の流れの中で転がり続けて、ふもとの街の小川の浅い川床で、丸い石としてじっと眠り続けているように。そして、構成作家は「この過程そのもの」も一つの大事な作品だと思っているようなのです。アンチ成果主義。成果の前のプロセスをも愛する。そういう気質のようです。


だから、色々なところで突飛な決断ほど、強く推し進めようとするみたいです。削り切って鰹節みたいな木片だけが残ったらどうしよう、と思わなくもないですが、それも宿世です。諦めて受け入れていきましょう。

 

自分自身の多面的な嗜好が年々つかめなくなっていて、自制心を保つための心の筋肉も失われているからか、以前にも増して、自己の一貫性がなくなっている気がします。昨日の下書きはもっとちゃんとしていました。主に仕事で扱った範囲での市況のことをぬるっと書こうと思っていたはずでしたし。だから、昨日か明日に書いていれば、もっと違うものになったのかもしれません。それでも、ここまでに書いたことはずっと感覚的に抱いてきたことだから、少なくとも一貫性のある(僕という存在における)事実です。僕がいるべき場所から一歩踏み出すことで、僕はその場所の居心地の良さや、僕の適性、弱みをはっきりと自覚できるようになったと思います。それは、とても良いことだったと思います。


とは言うものの、悩むということは、趣味の割に中々楽でもないものなのです。脳みそをからっぽにして沢山楽しむ時間が、悩む時間と同じくらい必要になるものです。だから、来年も色んな人に沢山遊んでもらって、上手に悩み続けたいと思います。

というわけで皆さん、来年もよろしくお願いします。皆さんが楽しかったら、僕も同じだけ楽しめると思いますので。

それでは、よいお年をお迎えください。

1212

体調不良も明けて長らく経った。今年を振り返るころ合いとなりつつあるが、結局は今の仕事の本筋で具体的な成果は上がらない一年だった。どちらかといえば、前職でのなじみ深い作業が数少ない成果のほとんどすべてであり、来年もおそらくそうなっていくことだろう。結局のところ、それでしか生きていけないのかもしれない。

 

そうともなると、次の一手を考えなければならない。具体的には英語のスキルの充実と、次なる資格取得に向けた学習ということになるだろう。幸いにして、今の業界でも限りなく前職に近い働き方を実現する方法もあるようだ。そこに至りつくための具体的な道のりまでは、まだ見えないのだけれども。とはいえ、住む場所を選べないアカデミアに比べて、土地に縛られるがゆえの選択する自由を得られる今の業界のメリットということも、考えてもよいのかもしれないな、と僕は思っている。

来年がどうなるかはわからないし、数年後の僕の志向がどうなるかもわからない。ただ、今の僕はとにかく、京都に戻りたいし、学者でありたいし、旧態依然としたスタイルを身に着けるには、あまりにも性格的に不向きな点が多いということも(分析的であれ、直感的であれ)わかってきた。

それをどうするか。実現に向けた道のりをどうやって舗装していくのか、コンパスをどこで、どうやって手に入れるのか。それがこれからの課題になっていくと思う。

 

 

1127

かの偉大なるジョブス御大によって広まった「今日が人生最後の日なら、あなたはどう過ごすか?」という質問をこの頃思い出す。若いころにはその内面的な意味を深読みしては、「はぁ真面目に今日も生きねばならぬのだ」、「私は昨日なぜ怠けたのだろうか」等と自戒の念を込めていたような気もするが、およそこうした方面での感性の豊かさはすっかり失われた。「人生最後でも、いつも通りでいいんじゃないですか」、という言葉がいの一番に心に浮かび上がるようになった。まったくもって張りのない話だ。

 若い時はとかく体力と気力が充実していて、日々における1%の不活性な時間でさえも、無駄と考えられていた。しかしながら、黄泉の国への旅路も半ばを過ぎたこの頃は、毎日元気に生きるための条件がかなり厳しくなってしまい、中々理想だけで乗り切れる人生でもなくなってきた。つまり、不活性と活性をセットで組み込まないと生きていけなくなってきたのだ。

日帰り旅行の翌日には体も頭も上手く働かない。週も半ばを迎えると、朝目を覚ますことが辛い。集中力も昔ほど長くはもたない。ただでさえ飲めない酒は、少しでも体に入れると次の日全く使い物にならない。深夜の飲み会の解散後に、カラ元気を見せることも、もうできない。

今にしてこういう症状が露見している以上は、この先もこの程度がますます加速するのだ。それを思うにつけても、「人生最後の日」は自己実現の道具でもなんでもなく、やがて訪れる現実の宿命にとって代わってしまった。そうともなると、冒頭のジョブス御大の言葉は僕のケツを叩くこともできなくなった。

しかるに、こういう若き血気ある人間たちを奮い立たせる言葉を発する壮年というのは、精力気力に満ち溢れているのだと思う。私はその時期をどうにも得ずして今に至るので、中々悲しいことであるよ。

遺伝子と環境の双方を天秤にかけた不平等論が再燃してい気配も感じるが、少なくともこの活動的な人生の短さ、という点においては、私も遺伝的な素養がなかったことを少し恨めしく感じている。

 

等と、体調不良に伏せる床の上で考えたのであった。